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徳島地方裁判所 昭和48年(行ウ)4号 判決

原告 黒瀬輝子

被告 社会保険庁長官

訴訟代理人 岸本隆男 卓正 徳元昭一 福本加克 ほか四名

主文

1  被告が原告に対し昭和四五年五月一五日付で被保険者黒瀬満の最終標準報酬月額が五二、〇〇〇円であるとして三〇六、八七四円の遺族年金を支給するとの裁定処分を取消す。

2  原告に対し支給すべき遺族年金額を四九六、六〇〇円と決定することを求める訴えを却下する。

3  訴訟費用は被告の負担とする。

事  実 〈省略〉

理由

第一本件処分の取消請求について

一  処分取消の訴えの適否についての判断

1  被告が第一回口頭弁論期日で本件処分の取消の訴えに対し請求棄却の判決を求め、本案について答弁していたが、第七回口答弁論期日に至つて原告適格又は被告適格を欠くことを理由に右訴えは不適法である旨本案前の抗弁を追加したことは本件記録上明らかである。原告は右抗弁は時機に遅れた攻撃防禦方法であるから却下さるべきである旨主張するので考えるのに、右抗弁の成否は本案についての事実的判断を前提とする法律的判断に左右されるもので、何ら本案と別個の証拠調べを必要とするものではないから、訴訟の完結を遅延させるものとは認められない。そして被告の防禦方法(右抗弁はこれにあたる。)の提出が時機に遅れたものであつても、訴訟の完結を遅延させるものと認められないときは、却下すべきでないから、被告の前記抗弁の提出は許されるものというべく、以下順次これについて判断することとする。

2  原告が船員保険法上の被保険者である訴外亡黒瀬満の妻で、同人の死亡当時その収入によつて生計を維持していたものであること、亡満が訴外四宮勲所有の船舶第五天勝丸に機関長として乗船航行中、昭和四四年一二月一九日職務上の事由(海難事故)で死亡したこと、右事故による遺族年金受給権者が原告であること、被告が原告に対し昭和四五年五月一五日付で被保険者亡満の最終標準報酬月額は五二、〇〇〇円であるとして三〇六、八七四円の遺族年金を支給する旨の裁定(本件処分)をしたこと及び原告が右決定に対しその主張の日時、社会保険審査官に審査請求、社会保険審査会に対し再審査請求をしたが、いずれも棄却されたことは、当事者間に争いがない。

被告は、被保険者であつた亡満の生前においては、原告は亡満の被扶養者にすぎなかつたから、亡満の標準報酬についての県知事の決定に対し原告固有の法的利益がなく、右決定に対する不服申立権もない。他の不服申立権者も除斥期間徒過又は死亡により不服申立ができないから、右決定は確定し何人も争い得なくなつた。仮に未確定であるとしても標準報酬は保険制度運営の便宜上設けられた仮定的報酬というべきで、標準報酬の決定が何人かに利益をもたらすとしても、右利益は反射的利益にすぎない。従つて右決定が事実誤認であることを理由とする本件処分取消の訴えについては、原告はその適格がない旨主張する。

ところで船員保険法(以下法という。)の規定(昭和四五年法律第七二号による改正前のもの、以下同じ。)によれば、船舶所有者は被保険者の資格を取得した者あるときは、「被保険者資格取得届」を一〇日以内に都道府県知事に提出しなければならず(法二一条の二、船員保険法施行規則七条)、右資格取得届には被保険者の氏名、生年月日等のほか資格取得年月日及び報酬月額を記載することになつている。そして都道府県知事は被保険者の報酬月額を機械的に法に定める基準にあてはめて標準報酬を決定する(法四条一項、二項、例えば報酬月額五四、〇〇〇円以上五四、〇〇〇円未満の標準報酬は五二、〇〇〇円、報酬月額八三、〇〇〇円以上八九、〇〇〇円未満は標準報酬八六、〇〇〇円となる。)その改定も都道府県知事がすることになつており、右決定及び改定を行なつたときは知事はその旨を船舶所有者に通知し、船舶所有者はこれを遅滞なく被保険者に通知することになつている(法二一条の三)。なお、報酬月額は船舶所有者に使用せられる者が労務の対償として受ける賃金、給料俸給、手当又は賞与及びこれに準ずべきものすなわち報酬(法三条)を基礎として法四条の二第一項に従つて算定される。

以上のとおり標準報酬の決定及び改定は、都道府県知事の専権となつているが、右決定に対し都道府県知事に対し不服申立をなし得る旨の規定はない。ただ法六三条一項によれば被保険者の資格、標準報酬又は保険給付に関する処分に不服ある者は社会保険審査官に対し審査請求をなし、その決定に不服ある者は社会保険審査会に対し再審請求をすることができる旨規定されている。そして被保険者の標準報酬に関する処分が確定したときは、その処分についての不服は当該処分に基づく保険給付に関する処分の不服の理由とすることができない(法六三条四項)。してみると都道府県知事による標準報酬の決定については、右決定が確定していない限り保険給付に関する処分の不服理由として直接社会保険調査官に対し審査請求ができ、これに関する社会保険審査官の審査決定が確定したときは都道府県知事もこれに拘束され、これに従つて標準報酬を訂正すべき義務が発生するとするのが法の趣旨であると考えられる。ところで、審査請求は原則として標準報酬等に関する処分があつたことを知つた日の翌日から起算して六〇日以内にしなければならず、右処分のあつたことを知らなくても処分の翌日から起算して二年を経過したときはできない(社会保険審査官及び社会保険審査会法四条)から、結局右規定により審査請求ができなくなつたとき原処分(標準報酬に関する決定)は確定することになる。

そこで次に標準報酬に関する処分につき不服申立をなし得る者の範囲につき考えるに、標準報酬は被保険者及び船舶所有者が負担納付すべき保険料の算出基礎となる(法五九条、第六〇条)のみならず、失業保険金、分娩費、出産手当金、老令年金、障害年金、遺族年金等の裁定支給額の計算基礎となることは、法の規定より明らかである。従つて標準報酬の決定は、被保険者又は船舶所有者並びに船員保険による各種給付金の受給権者の利害に直接関係するものというべきであるが、通常の場合、受給権者は被保険者と一致するから、原則として被保険者又は船舶所有者のみが不服申立権者であると考えられる。ただ被保険者の死亡を保険事故として被保険者の遺族に具体的に受給権が発生した場合には、右受給権者は被保険者の不服申立権が消滅していない限り、右申立権を承継するものと解するのが相当である。けだし被保険者の死亡により受給権者となつたものは、保険法上被保険者の承継人ともいうべく、実際上も標準報酬の決定に直接法律上の利益を有するに至つたものであり、そのように解さないと被保険者が標準報酬の決定に対する不服申立期間内に死亡した場合には、受給権者の権利救済に欠け不合理であるからである。

これを本件についてみるに、原告が亡満の死亡により具体的な遺族年金受給権を取得したことは当事者間に争いがなく、原告の前記審査請求時まで亡満が標準報酬の決定について県知事から通知を受けたと認めるに足る証拠もない上、右審査時までに標準報酬の決定(昭和四四年一一月六日ごろであることは、当事者に争いがないものと認められる。)から二年の期間が経過していないことも暦日上明らかであるから、右決定は確定していないものというべく、従つて原告も前記審査請求当時、亡満の標準報酬の決定につき不服申立権があつたものというべきであるから、本件処分を標準報酬の決定の誤りを理由として取消を求めるにつき原告適格を有するものであることは明らかである(なお、〈証拠省略〉によれば、原告の審査請求及び再審査請求を社会保険審査官又は社会保険審査会は、いずれも不適法として却下することなく、実質的な判断で各請求を棄却していることが認められる。)。さらに、原告が本件処分の取消につき直接法律上の利益を有することは、前記説示から明らかである。被告は、知事のなした標準報酬の決定について被告に更正又は取消の権限がないことを理由に、被告適格を有しない旨主張するが、標準報酬に関する処分が未確定のときには、それに対する不服事由を保険給付に関する処分についての不服の理由とすることが許されると解されるから、この場合には被告としても知事の標準報酬の決定に誤りがあれば、これに従うことなく正当な標準報酬に従つて支給決定をなすべき義務があるものといわねばならない(もつとも手続上は、証人相沢行雄の供述のように、知事に対し標準報酬を訂正させ、これに従つて支給額を決定することになるであろう。)。この限度で被告にも標準報酬の更正の権限があるといわねばならない。よつて本件処分取消の訴が不適法であるとの被告の抗弁は、いずれも失当である。

二  本案についての判断

1  本訴は原告が亡満の死亡による遺族年金額の裁定処分を、右年金額算定の前提となつた標準報酬月額の誤りを理由にその取消しを求めるもので、原告が船員保険の被保険者亡満の職務上の理由による死亡により遺族年金受給権者となつたことは、前記のとおり当事者間に争いがないから、本訴における争点は原告の受給すべき遺族年金額として被告が裁定した金額が正当か否かである。しかして、被保険者の職務上の理由による死亡の場合の遺族年金額は〈イ〉最終標準報酬月額の五月分に相当する額〈ロ〉二万四、〇〇〇円〈ハ〉平均標準報酬月額の百分の六十に相当する額を合算した金額に一五年以上被保険者であつた者に関しては一五年以上一年を増すごとに、その一年に対し平均標準報酬月額の三日分に相当する金額を加えた金額である(法五〇条ノ二第一項三号、第二項)ことは、当事者間に争いがなく、平均標準報酬月額とは被保険者たりし全期間の平均標準報酬をいい(法二七条ノ三第一項)、最終標準報酬月額とは被保険者たりし者の死亡日の属する月の標準報酬月額をいう(同第二項)から、本件遺族年金額は亡満の被保険者たりし期間、その期間の標準報酬月額いかんにかかる。そして亡満が四宮勲に雇用され被保険者資格を取得するまでの被保険者であつた期間、その間の標準報酬もまた当事者間に争いがないから、結局亡満が船員として四宮勲に使用せられるに至つた日から死亡までの期間及びその間の報酬月額(標準報酬は報酬月額に基き、法四条に従つて機械的に算出されることは、前記のとおりである。)が、争点となる。

そこで次にこの点につき検討することとする。

2  〈証拠省略〉(後記認定に反する部分を除く。)並びに弁論の全趣旨を総合すれば、次のような事実が認められる。

(一) 四宮勲は昭和四四年九月ごろ、船舶第五天勝丸を買入れ所有者となつたので、かねてから知合いの亡満に対し右船舶に機関長として乗船してもらいたい旨申込んだ。亡満は当時訴外福池満所有の船舶第十一七福丸に機関長として乗船していたので、福池に迷惑を掛けるとして一応断つたが、四宮勲はあきらめず三回位原告方に来て亡満と交渉した。原告も同席して話し合つたが、その席上亡満が従来福池でもらつていた報酬以上でなければ応じない意思を表明したので、四宮は亡満の福池での本給より五、〇〇〇円位本給をアツプする、航海手当については最低一五、〇〇〇円を保証しようという条件を出した。亡満はそのような条件であればということで、第十一七福丸から下船し第五天勝丸の機関長として四宮に雇われることを承諾し、同月末日ごろか遅くとも同年一〇月一日より第五天勝丸に機関長として乗組んだ。

(二) 原告が福池に雇われ、第十一七福丸に機関長として乗船していたのは、昭和四四年四月から同年九月までであるが、その間の給料は福池満の妻が帳簿に基づいて記載した給料明細書によれば、本給六五、〇〇〇円、その外に航海手当が一五、〇〇〇円ないし二一、〇〇〇円で、本給は近所に居住する福池満の妻重子から直接原告に届けられ、航海手当は亡満が受取つていた。四宮勲も本給だけは原告に直接送るということで、亡満が第五天勝丸に乗船後大阪から七〇、〇〇〇円在中の現金書留を原告に送つてきたことがあり、原告が亡満から裸のまま七〇、〇〇〇円を給料として渡されたこともある。なお、亡満は昭和四三年一〇月から昭和四四年三月まで、大阪所在の前田海運に機関長として雇われていたが、その間基本給六五、〇〇〇円と航海手当九、〇〇〇円ないし一五、〇〇〇円の支給を受けていた。

(三) 原告は亡満の死亡後、協和汽船と四宮勲に対し亡満の海難事故による損害賠償請求訴訟を提起しようと考え、昭和四五年一月一六日入院中の四官を訪れ、亡満に対する給与証明を求めたところ、四宮は昭和四四年一〇月から一二月まで毎月本給七〇、〇〇〇円と航海手当一五、〇〇〇円合計八五、〇〇〇円を支払つていた旨記載した証明書を原告に交付したが、それは帳簿等は前記海難事故で流出してなかつたので、これに基づいたものではなく、大体この位は支払つていただろうということで記憶に基づいて記載したものである。

(四) 標準報酬の決定は、実際上次のようになされている。

被保険者資格取得届が提出された場合、右届に記載してある報酬月額が真実の報酬月額であるとの証拠資料も添付させておらず、また届出数が多いため一々調査することが事務的に困難であり、特に小型機帆船等では船舶個々に特殊な賃金形態をもつて報酬が支払われているのに、帳簿その他の資料等も不備であるため、徳島県では船舶の種類、屯数別、被保険者の職種別による最低基準モデル賃金を作成し、それより届出の報酬月額が多く、それが不当と認められない限り、そのまま届出額を報酬月額として標準報酬を決定し、それより低い場合には実質調査や呼出調査をして決定している。従つて報酬月額について虚偽の届出がなきれ、これがそのまま標準報酬決定の基礎として採用されるという不当な結果を生じる場合も考えられるが、これは対しては罰則(法六八条一号により六月以上の懲役又は三万円以下の罰金)で、このようなことのないよう担保されている。

本件において、四宮勲は亡満の雇入れ後一か月余を経た昭和四四年一一月六日に資格取得日を同日、報酬月額を五〇、〇〇〇円とする亡満の資格取得届を県社会保険事務所に提出した。これは船員保険の保険料(標準報酬に一定率を乗じて算出される。)は法規上、船舶所有者が約三分の二、被保険者が約三分の一の割合で負担(法五九条参照)することになつているが、中小船舶では船主が全部負担、支払つているのが一般的で、亡満の保険料も四宮勲が支払うことに合意が成立していたので、四宮は亡満の同意を得て実際より低く届出したものである(第十一七福丸でも、亡満の報酬月額は五〇、〇〇〇円として届出されている)。県知事は、前記基準モデル賃金四五、〇〇〇円より低くなかつたので、そのまま右届出に従い標準報酬を五二、〇〇〇円と決定し、被告もこれに基づいて本件遺族年金額の裁定をしたものである。

右認定によれば、亡満が四宮勲に船員として使用せられるに至つたことにより被保険者たる資格を取得した日(法一八条参照)は、遅くとも昭和四四年(一〇月一日というべく、又亡満が第五天勝丸に乗船後、現実に受取つていた航海手当の具体的金額は明らかではないが、亡満が四宮に雇われるに至つた経緯、第十一七福丸で受取つていた報酬月額その他前記認定の諸般の事情を総合すれば、亡満は四宮勲より毎月本給七〇、〇〇〇円の外に航海手当として少くとも一五、〇〇〇円すなわち報酬月額として少くとも八五、〇〇〇円の支払を受けていたものと推認するのが相当である。そうすれば、亡満の標準報酬月額は法四条により八六、〇〇〇円となる。そして、亡満が四宮に雇用せられていた期間は、海難事故発生までの三か月足らずであり、その間に報酬の増加があつたと認めるに足る証拠もないから、右金額が最終標準報酬となる。

3  もつとも〈証拠省略〉を総合すれば、亡満の第五天勝丸乗組み当時の報酬月額を原告主張のように九万円として、他の乗組船員二名の推計報酬月額をこれに加えて、第五天勝丸の運航(外材運搬)による純収益から差引くと殆んど残余なく、従つて船主である四宮の取り分は残らない計算となることが認められるが、右純収益の算出の根拠には疑問があるばかりではなく、右調査対象期間も短期間でその間には船舶が入港していたこともあり、一時的にはこのようなことが業界でもあり得ることは前記証言によつて認められるから、前記亡満の報酬月額を覆えすものではない。

又、〈証拠省略〉によれば、亡満の第十一七福丸及び第五天勝丸乗組み当時、亡満の報酬月額が前記認定のとおりであるならば、報酬支払者たる船主において当然なす義務のある所得税の源泉徴収がなされていないことが認められるが、後記のように船員保険の保険料負担軽減のため報酬月額を実際より低く届出ている関係上、右源泉徴収を怠つたとも考えられるので、これまた前記報酬月額の認定を左右するに足らない。

さらに、〈証拠省略〉(阿南地区の一〇〇屯ないし一九九屯の第五天勝丸と同じ機帆船の機関長の報酬月額一覧表)と対比すれば、亡満の前認定の報酬月額は著しく高額に見えるが、右一覧表は実際に調査して作成されたものでなく、被保険者資格届書に基づいて作成されたもので、右届出額そのものが実際より低くなされている場合も多いことが推認されるから、亡満の報酬月額の認定とてい触するものではない。

4  してみると、四宮勲に雇用せられるに至つたことによる亡満の真実の被保険者資格取得日は昭和四四年一〇月一日、報酬月額は八五、〇〇〇円となるところ、被保険者の資格の取得は法二一条の二により船舶所有者の被保険者資格取得届に基づいてなされる同知事の確認により効力を生ずるから、亡満の被保険者資格取得の届出が昭和四四年一一月六日である本件では、同日を以て亡満の被保険者資格取得の効力が発生したことになる。しかし報酬月額は、船舶所有者の被保険者資格取得届に記載が要求されているけれども、右記載どおり都道府県知事は認定しなければならないものでなく、職権で資料を調査して真実の報酬月額を認定の上、標準報酬を決定すべきであるとするのが法の趣旨とするところであると解される(もつとも、通常は他にこれを認定するに足る資料がなければ、右届出書記載の報酬月額が、社会通念上、同様な状況の下にある同種の船員のそれと対比して相当であると認められれば、これによることになるであろうが、それが事実に反していれば、標準報酬の決定に誤りがあることになる。)。このことは報酬月額が真実に反し極めて多額又は小額として届出された場合招来される不合理を考えれば、明らかである。

従つて被告が最終標準報酬月額を五二、〇〇〇円としてこれに基づきなした遺族年金額の裁定はその算定に誤りがあるものというべく、正当な年金額は標準報酬及び最終標準報酬を八六、〇〇〇円すなわち別表〈省略〉の標準報酬月額最終らん五二、〇〇〇円、標準報酬月額計最終らん五二、〇〇〇円を、それぞれ八六、〇〇〇円と訂正して平均標準報酬月額を算出の上、前記遺族年金算出基準に従つて積算すべきである。

もつとも、本件のように報酬月額を真実より低く届け出、それによつて標準報酬を低く決定させ、低額の保険料を支払いながら、保険事故が発生した場合に真実の高い報酬月額に従つて保険給付をすべき旨主張することを許すのは、保険制度の趣旨、目的から考えて不公正な感を免れないが、前記のような被保険者資格取得届(報酬月額の記載)は、船舶所有者がその責任でなすべきことであり、被保険者は船舶所有者の従属的立場にあること、船員労働者の保護のため設けられた船員保険制度の目的から考えれば、標準報酬の決定が未確定である限り被保険者、その死亡の場合の遺族年金受給権者は報酬月額=標準報酬の誤りを理由に、真実の報酬月額=標準報酬に従つて遺族年金額を支給すべきことを主張することは許され、行政庁も真実の報酬月額=標準報酬に従つて遺族年金額を算定すべきであると解するのが相当である。

よつて被告のなした本件処分は、当時の事情のもとでは止むを得ないものがあつたと言えないこともないが、結局はその前提たる標準報酬の決定に誤りがあるものとして違法というべく、取消を免れない。

第二遺族年金額を四九六、六〇〇円と決定することを求める訴えについて

右訴えは行政庁に対し一定の処分をなすことを求めるものいわゆる義務づけ訴訟にあたるが、かかる訴えは一般的に承認することは、ある行政行為をなすことの権限を分配された行政庁の上に立つてこれを一般的に監督する権限を裁判所に認める結果となり、三権分立の建前から許されないものと解すべきであるが、法規の定め方からみて被告行政庁が当該行政処分をなすべきこと及びなすべき内容が一般約に定められ、裁量の余地がないことが明白であると認められ、かつ当該行政処分がなされずにいる状態又はなされた内容が違法で原告の法益を著しく侵害しているような場合には、例外的に法規に従つた正当な行政処分をなすべきことを求めることも例外的に許されると解するのが相当である。

これを本件についてみるに、法五〇条により遺族年金受給権者に対しては遺族年金額裁定処分をしなければならず、その額の算出方法は法五〇条の二によつて一義的に規定され、標準報酬月額と平均標準報酬月額及び被保険者期間が決定すれば、後は機械的に計算され行政庁の自由裁量の働く余地のないことが明白であるうえ、〈証拠省略〉によれば、原告にとつては遺族年金額の多少は、その生計に重大な影響があることも推認できないではない。従つて本訴は義務づけ訴訟が許される例外的場合にあたると一応考えられる。しかし、原告は義務づけ訴訟とあわせて被告のなした遺族年金額の裁定処分の取消を求めていることは、前記のとおりであり、右取消判決があれば、その拘束力により被告は判決の趣旨に従い、改めて申請に対する処分をする義務がある(法三三条参照)から、右義務づけ訴訟を求める必要も利益もないと解するのが相当である。

よつて右訴えは不適法として却下を免れない。

第三結論

よつて原告の本件処分の取消を求める請求は正当としてこれを認容し、被告に対し遺族年金額を四九六、六〇〇円(ただし右金額は、標準報酬月額を八六、〇〇〇円として計算しても、計算方法に誤りがあるため、正当な年金額と異なる。)と決定することを求める訴は、不適法としてこれを却下することとし、訴訟費用の負担につき民訴法九二条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 早井博昭 藤川真之 横田勝年)

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